Convento de San José
Sei Yosefu Shudoin
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ドミニコ会の創立とその意義

創立とその意義 A. ドミニコ会の経歴
B. 霊父ドミニコの外貌と霊的人格と精神
C. ドミニコの使命とその意図
  a. ドミニコ独自の希望と使命
  b. 創立者としての意図
  c. ドミニコ会 信徒会

B.霊父ドミニコの外貌と霊的人格と精神

外貌と霊的人格

ドミ二コがなくなられて150年後、イタリアのフィレンセにあるマルコ修道院にはその当時200人ほどの修道者がおり、その中には画家のフラ・アンジェリコもいました。彼は各部屋、食堂、集合所、聖堂の壁に聖ドミニコの生活を絵の具で描きました。彼は実際にはドミニコと会ったことはなかったのですが、シスター・セシリアがドミニコの容貌について書き残したものを参考にしてドミニコの似姿を愛をこめて描き上げました。

シスター・セシリアは次のように書き記しました。「霊父ドミニコの姿はしなやかで、幾分赤味がかった均整のとれた顔立ちをしており、髪の毛とあごひげは、やや赤味をおびたブロンド色をしていた。白髭があちこち混っていたが禿げたところはなかった。その額と目からは凡ての人々の畏敬を起こさせるまばゆい光がさし、その目は美しかった。彼の手は長く美しく声は力強く響き、隣人の苦しみに対する道場や心配をする他は、いつも快活で微笑みを絶やすことはなかったと記しております。

これは当時のシスター・セシリアが心の中におさめてあった聖ドミニコの外貌です。ある人は、年老いた彼女の想像にすぎないのではと無視していましたが、しかしその後の歴史家達の研究の結果、X光線による調査と一致していることが判明されました。古い時代の聖人達のうち、これ程その外貌を詳しく描かれている聖人は殆どいないでしょう。聖ドミニコの似姿が目前にあらわれてくるかのように描かれたこれは外貌であり、これからもっと深く入ってみたいと思います。

外面に加えて大切なことはドミニコの霊的人格です。サクソニアのヨルダヌスによりますと霊的人格も素晴らしかったそうです。ヨルダヌスは、毎日ドミニコと共に暮していました。ドミニコは、いつどこにおいても、(旅の途中でも、兄弟と一緒のときも)言葉と行いをもって福音を宣べ伝える人でした。聖トマス・アクイナスは、本会の目的の特徴は、「観想し、その結果を人々に宣べ伝える」ここにあるのだと言ったのですが、まさにドミニコは福音の人でした。「昼間は兄弟や集まって来た人々と一緒に過していましたが、彼より親しみ易く、彼より優しい人はいない」とヨルダヌスは言っています。

又、夜は余り寝ないで祈りのうちに過ごしました。昼間は隣人に捧げ夜は神に捧げた人でした。全ての人にドミニコは限りない愛を注ぎました。霊的人格のもう一つの特徴は心の貧しさ」です。彼は「神の御前にへり下り自らの弱さ、小ささ、むなしさを常に認め、貧しさの真実の友であった」とヨルダヌスは書き加えました。これらをまとめてみますとドミニコは偉大な聖人であり、熱心な人であり彼は神と共に生き乍ら、心理に飢え乾いた人の心を深く満たすように絶えず働き続けた人であり、そして先程も言いましたように昼は隣人に夜を神に捧げた人でした。

ドミニコの精神

※ドミニコは祈りの人です。

彼は聖務日課を通して会員と一緒に祈り、又ミサを通して信者と一緒に祈る人でした。ドミニコは修院のみでなく、み言葉の宣教に出かける途中でも歩き乍ら、あるいは人里離れた所に一時とまり、美しい自然に囲まれて黙想し祈りました。

若し旅の途中着いた所に修道院があれば、喜んで修道者と共に声を合わせて神を賛えました。

ドミニコの祈り方は独特でスペイン人が祈る時心だけでなく身体でもって熱心に祈ります。人間全体が神を誉め賛えるようにとドミニコは考え、心のみか身体をもって祈りました。(そういう訳でドミニコ会の典礼において身体の動作が多くあります)

たとえばドミニコはある時は十字架の前で手をのばしたまま、或いは手を合わせたままの姿勢などで祈りました。

※ドミニコは対話の人です。

彼の祈りは、単なる言葉ではなく、神との対話でした。その対話の源は、聖書であり特にマタイ福音書とパウロの手紙でした。何故かと申しますと、前者は「天の国の良きたより」と呼ばれていますように、旧約聖書が予言したことは全てイエズスによって成就されたことを語っている福音書であり、後者はどのようにして救いの神秘を豊かに生かしたら良いかについて宣べられた手紙です。これらを読み黙想し、異端者と討論したり、昼も夜も人々に福音を告げ知らせました。

※ドミニコは人々の救済のために働く人です。

ドミニコ会は当時の他の修道会のように人里離れた地域や荒野ではなく、町の中で人々と共に祈り、彼らにみ言葉を宣べ伝えました。ドミニコは神のみ言葉の宣教が、み言葉を素直に受け入れた人の心に成長し豊かな実を結ぶ特別の力を有していることを深く確信していました。これはドミニコの親しんだマタイによる福音書の13章にある「良い土地」に蒔かれたという箇所です。み言葉をきいて悟る人のことであるものは60倍、100倍の実を結ぶのです。

「ドミニコは我々の救いのために身を捧げたイエズスと同じように、魂の永遠の救いのために身を捧げた時にはじめてキリストの神秘体的な体のメンバーとなり得ることを理解できるのであり、人々の救いのために身を捧げることの賜を得るようにしなさい」とヨルダヌスは記したのですが、その通りです。繰り返していいますが説教者兄弟会(ドミニコ会)は、み言葉と魂の救いのために設立されたのです。ドミニコは全力をあげてキリストのために霊魂を得ようと努力しました。人々のために彼は非常な熱意を持って兄弟姉妹の心に刻んでおこうとした荘厳な言葉に「あたな達のうちにある信望愛について説明を求める人には、いつでも弁明出来る用意をしていなければいけません。あなた達は自分と人々の救いを探し求めるように日々努めなさい。」ということでした。

※ドミニコは人々の成聖を望む人です。

ドミニコは出会った人々と討論し、彼らを改心させるように努めました。それだけではなく、改心した人々の信仰が一人だち出来るようになるまで一生懸命に教え導きました。ですからドミニコは人々と共に討論し祈り、み言葉を宣べた伝えたのです。 これは非常に大切な点です。何故なら救いに対して責任をとらせるということは、聖とならせることを実行させることだからです。このことは会の兄弟姉妹をはじめ、すべての人に対して意味深いことです。ドミニコは、キリストのみ言葉を人々に宣べ伝えるだけではなく、彼らの心の中に、キリストが成長するように働きかけ導きました。

※ドミニコは兄弟的一致を全うする人です。

ドミニコは本会の創立者、又総長として荷せられた任務を自発的に進んで果たしましたが、この任務を一人で背負わず、会員と共に実行しました。これをふさわしく行うため兄弟的一致が必要であり、又この兄弟的一致を全うする要素は特に二つなのです。これは即ち従順と共同責任です。ドミニコは、祈りと犠牲についても会員と相談し、実行しましたので、命令を下すと会員が奴隷ではなく自由な心を持ってこれに従いました。服従することの他にもう一つは兄弟的一致であり、この精神の下に本会の組織とその統治に共通の責任、分ち合う責任ということを考えました。

これは当時の修道会の制度と全く異なった考え方でした。ドミニコは会員各人をどれほど信頼しているかを表すため、又、会の目的を果たすためにこの方法が良いのではと考えました。ドミニコは一人で指導するのではなく兄弟を一人前の会員として扱い、彼の協力者であるということを強く認識させました。従って中央集権的な制度を避け、各修道院で集会を、各管区には管区会議を、又全体における総会議を開催し、それに参加することによって各会員は直接あるいは間接的に本会に奉仕しその発展と進歩を背負うようにしました。

ドミニコが本会を一人で指導しようと思わなかったもう一つの証しは、会内に於ける選挙の仕方です。即ち各修道会の修道者が修道院長を管区の管区の院長たちが管区長を、そして管区長達が総長を選ぶように決めました。これは、当時としては当然のことではなくドミニコ会が初めてこの制度を実行したと言っても正しいと思います。本会は兄弟的一致をより一層深めるために創立者の定めた従順、長上への服従を固く守りながら、共通の責任をもって会を統治するということが、最もふさわしいと思い今日までこの制度が生かされてきました。真にドミニコは兄弟的一致を熱望する人でした。

※ドミニコは教会の位階制度を尊重する人です。

教会は「神の羊の群」と「これを導く、牧者達」によりなり立っているといってよいのですが、もう少し正しく言いますと教会は、すべての信徒の群ですがその中の一つは、一般信者があり、一つは信者を導く聖職者があります。聖職者の制度について少し考えてみましょう。

位階制度を不要とする人々がいますが、これは絶体聖ドミニコの考えではありませんでした。ドミニコ自身が司祭でしたので体験によっても牧者のない羊の群はやがては散ってしまうことを知っていました。イエズスは教会の創立に当って、指導者を定められました。それは十二人の弟子達であり、ペトロを教皇とされました。従ってドミニコは、本会の兄弟姉妹にもこの位階制度を尊重するようにすすめました。

そればかりでなく、実際にドミニコ会は創立時より教皇より公にみ言葉を宣教する任命を受けました。会憲によりますと、ドミニコ会員は司祭の協力者であるとされ、司祭に叙階されることによって司教の協力者となり予言的な仕事を職務とするのです。 「宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことが出来ようか。使わされなくてどうして宣べ伝えることが出来ようか」と聖パウロは(ローマ、10~14)書きましたが、正にその通りです。わたし達は、信仰を知らず、苦しみに悩んでいる人々に、真理のみ言葉を宣べ伝える権限を教会を牧する教皇から公に受け遣わされました。これは会全体の兄弟姉妹に課せられた使命であり、教会の位階制度を尊重しながら司牧的、献身的配慮を以てすべての人々のために果たさなくてはなりません。

※ドミニコは福音の人です。

ドミニコの霊感の泉、それは福音でした。つまり彼は主とその使徒達の生活に倣い、救いのメッセージを宣べ伝え乍ら、福音的な心を持って生活するように努めました。

教皇グレゴリオ九世(1145~1241)の次の言葉がその証しです。「私はこの福音の人であるドミニコをよく知っています。彼は凡ての点で使徒達の歩んだ道に従いました。そして今、彼らと共に天国の栄光を楽しんでいることは疑う余地がありません。」

ドミニコは本会の兄弟姉妹が心と思いを一つにして、すべての持ち物を共有にし、主の死と復活を言葉と行いをもって力強く、証しすることを望みました。これは使徒行録(4.32)の言葉ですが、ドミニコ自身が行った生活でした。最初の総会議においてドミニコは、次のように宣言しました。「み言葉を宣べ伝えるために、院長の決めた旅の友をお迎えし、祝福を受けて出発しなさい。兄弟達よ、神と主に語り乍ら、いつどこでも自分達及び他人の救いを探し求め、救い主イエズスのあとについて行くようにしなさい。」

これは福音の人であるドミニコの精神をあらわした何と立派な言葉ではありませんか。兄弟達は、弁当や着物、幾冊かの本を除いては、金銀銅貨その他いっさい、何ひとつ持たずに出発しました。勿論、その時代ごとに慣習の違いはありましょうが、しかし現代の私達は、この精神をどうしても生かすべきです。この精神を生かすことができるなら、私達もドミニコのように福音の人となられることに違いありません。

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