Convento de San José
Sei Yosefu Shudoin
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聖ドミニコ修道会ロザリオの聖母管区四百年史(1587-1987)

新管区創設の実現に向かって

フィリピンへ出発する日を待つ間、総長代理フアン・デ・カストロ神父はこれまで新管区創設の準備をしてきたクリストモ神父と共に、この計画に参加しようとする者が心得ておくべきことを述べたl通の書簡を書いた。これには新管区の創立者たちが持っていた理想と熱意、そして本管区が刻んできた400年の歴史を通じて伝えられてきた宣教魂の神髄を見ることができよう。それは次の通りである。

「わが主イエズス・キリストのみ名において。異教徒の改宗のために設立されたドミニコ会至聖ロザリオ管区の尊敬すべき司祭たちと愛する修道士たちに健康および神の恩寵と平和がありますように。同管区のしもべ、総長代理フアン・デ・カストロ。
神のおん子の勇気と力、限り無く優しいおん父の慈悲によって、世界の多くの土地で教会の子を育てるために非常に注意深く働き人が与えられる。それは人々が収穫を楽しむことができるように、門を開くようなものである。おお、司祭たちよ、私たちこそ、その深いおん慈悲を受け、神の教会をいろいろな国に建て、天国の幸せを楽しむように人々に門を開く役目に特別に召し出された者である。
神がくださる多くの恵みに、私たちはどのように賛美と感謝を捧げ、答えることができるだろうか。神のおん慈悲により、私たちは使徒職を通じて世の光となり、キリストの教えと私たちの生活の模範によって罪と死の闇に座す異教徒たちをまことの福音の光に導くように召し出された者である。それゆえ自分だけでなく、隣人にとってもすぐれた牧職を果たし得るためには、私たちは教えるだけでなく、教えた事を自ら実行する必要がある。なぜなら、人を徳の道に導こうとするなら、まず自分がその道を歩まねばならない。人を完成させようとするならばまず自分を高め、教える先にまず自分で実行する必要がある。自分で徳を実践してから人々に教えられたキリストに倣うべきである。神の国においては行いの後に教えることが偉大と考えられている。人の魂を救うより自分の魂を救わねばならない。たとえ全世界を儲けても、自分の魂を失ったら何の益があろう。「あなたの持っている徳に応じて隣人を救え、転ばないように自分自身をよく見詰めよ」と賢人は言った。各人が輝く光となって、人を照らさなければならない。自分だけが光るのは空しいことであり、自分だけ燃えるのは値打ちがない。自分が燃えると同時に他を照らすのが完全なものと言える。すぐれた教えは立派な行いとが1つになる時、はじめて人に力を持ち、異教徒を改宗させ、まちがった悪魔の世界から救いだすのに役立つ。異邦人の説教者、聖パウロは「神の情けによってこの奉仕の務めをいただいたのですから、神のおん前で私たちが人間の目に立派に見えるためには、隠れた自分の罪を消さなければならない」と述べておられる。なぜなら福音の教えは石板にではなく、人の心に刻まれているからである。福音の光に照らされた学者が神に選ばれた乙女たちの純潔に感嘆し、そのような人々にこそ神がやどると教える信仰が神の教会にあると証言しているのを思い出す。そのように聖アタナシオが述べ、殉教者聖ユスチーノもこの信仰に感動して改宗したと言われる。また、テオドレトとルフィーノによれば、偶像崇拝を熱心にしていたイベロ人は捕虜になった1人の女が純潔を守り、罪にけがれぬ生活を貧しい小屋でしているのを見て、どんな宗教を信じ、どんな神を拝めば、このような清らかな生き方ができるのかと考え始めて、ついには偶像崇拝や迷信を捨て去ることになったのである。 兄弟たちよ、光り輝け。人があなたたちの善業を見て、キリストを賛美するように、あなたたちの光を投げかけよ。あなたたちの生活が聖なることを体で示すために、絶えず苦業と断食によって罪をつぐなわなければならない。古い汚れを捨てて新しい衣をまとうために、神の恵みを求めながら私たちの精神を新たにするよう希望する。サンチャゴ管区の各修道院では修道士の数が多いので、全員ではないが、まわりの人々と相談して是非とも実行しようと次のごとく定めた規則があるが、私たちもまたそれらの規則を忠実に守ることが永遠に続くように希望するものである」

そして総長代理フアン・デ・カストロは次の17項目を細かく説明している。すなわち、

  1. 神の十戒や修道誓願のごとき本質的なことはいうまでもないが、日常的な大・小斎、苦業、沈黙、馬に乗らないなどの規則を厳格に守る。
  2. 服装、典礼、ミサの執行に関する規則を正確に守って、統一性を乱さない。
  3. 夜昼にかかわらず定められた時間に教会の祈りを歌うこと、たとえ小人数であっても。
  4. 死んだ兄弟のために司祭は6回ミサを捧げること、修道士は2回詩篇とその他の祈りを唱えること。
  5. 上長者は修道者や人々に教父の著作、教会史、あるいは聖書について1日に1時間の講義をすること。
  6. 教会や俗界の権威者から小教区のごとく正義にもとずく霊的世話の仕事は引き受けないで、愛にもとずくものを行うこと。
  7. 説教のためにある教区に行く時、その地の司教のもとに出頭し、その指導に従うこと。
  8. 上長者の命令には絶対服従すること。修道者に相応しくない娯楽を避けるために世俗の人を訪問しないこと。ただし、愛徳が命じる場合はのぞく。
  9. 清貧の生活を守り、一切の不必要なぜいたくをしないこと。
  10. 書籍をはじめ、すべての所有物は管区のものであり、管区が随意に配置する。
  11. 総長の指示がないかぎり、修道院に属する権限は保持される。
  12. すべての財産は修道院にではなく、管区に属するもので、管区長が各人の必要に応じて配分するものとする。
  13. 各人は一切の金銭や物品を共同体のものとしてでなければ、受け取ってはならないこと。
  14. 家にいても、旅路にあっても、1日2時間の黙想をすること。
  15. 主日、祝日、大祝日、八日間っき大祝日をのぞいて、毎日鞭打ちの苦業をすること。
  16. 規則で定められた日にマリアのみ名を称えて会の伝統的な祈りを唱えること。
  17. 病人と客人を除いて布団を使用せず、板の上か苦業の毛皮の上で寝ること。

しめくくりとして、管区の創立者は次のように書き残している。

「聖母マリアの庇護のもとに私たちはこの素晴らしい改宗の仕事を計画しえたのであるから、心から聖母を賛美しなければならない。そこで聖母マリアの聖務日課のある日以外は毎日詩篇とその聖なる御名に相応しい交唱を唱えるように命じる。
以上の規則は神の恵みによって守るように、真実の確かな土台として定められたものである。今始められた改宗の仕事が完成に至りますようにと神に心から願い、たえず祈らなければならない。
1586年12月17日
メキシコのサント・ドミンゴ修道院において
総長代理フアン・デ・カストロ
私たちのためにお祈りください」。

20人の修道士がこの規則書を守り、新管区設立のためにフィリピンへ行くことに署名したのである。彼らのうち、新管区にとっては母親のごとき存在であるクリソストモ神父は病気で倒れ、後にフィリピン総督の使節として豊臣秀吉に面会したフアン・コボ神父は別の用件でメキシコに残った。

さて、新管区創設に参加した18人の名前を記念して列記してみよう。

フアン・デ・カストロ総長代理、ミゲール・デ・ベナビーデス、ディエゴ・デ・ソリア、アロンソ・ヒメネス、ベルナルド・ナバロ、フアン・オルマサ、フアン・マルドナド、ペドロ・ボラーニョス、ペドロ・デ・ソト、フアン・デ・ラ・クルス、フアン・デ・カストロ(総長代理の甥)、マルコス・デ・ソリア、グレゴリオ・オチョア、ドミンゴ・デ・ニエバ神学生、ペドロ・ロドリゲス修道士。以上の15名はマニラに向かった人々である。

アントニオ・デ・アルセディアノ、アロンソ・デルガード、バルトロメオ・ロペス。
以上の3名はマカオへ向かい、中国宣教の拠点を開こうとした人々である。

フィリピンへの旅立ち

アカプルコ港はメキシコとフィリピンや東洋諸国の間を往来する王室ガレオン船が出入りする所であった。この港からマカオへ向かう3名が出発したのは1587年4月3日、目的地には同年9月1日に到着した。

3日後の4月6日、フィリピンに向かう15名のドミニコ会士たちが出発した。3カ月半におよぶ航海で多くの困難を忍ばねばならなかった。まず船中の食糧が腐敗してしまってそら豆とエジプト豆だけの食事であった。また、些細なことから船客の中の有力者同士が喧嘩を始め、争いが絶えなかった。修道士たちが仲裁に入ったが効果はなく、みんなに祈りを勧め、やっと平和を取り戻せた。フィリピンに近づいた頃、3回も台風に襲われたが無事マニラ市に近いカビテ港に着いた。それは7月21日、マグダラの聖マリアの祝日の前日で、この聖女は新管区の第2の保護者となり、多くの恵みを取り次いでくださる方となる。

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